山形県庄内地方出身のベテラン俳優と熟練活動弁士が 純生の庄内弁で演ずる渾身の庄内風土記
庄内平野の南端、赤川沿いの櫛引通野平村薬師神社に、別当として大鷲坊(たいしゅうぼう)と名乗る山伏が羽黒山から遣わされてやってきた。
はじめ大鷲坊は村人に受け入れられないが、力持ちで心やさしい大鷲坊は修験修行で得た知識と知恵を活かして村人の悩みごとや争い、事件を解決し、信頼されるようになっていく。
藤沢周平が、故郷山形県庄内地方の風土と民俗文化を背景に、庄内弁を駆使して、年若い里山伏と村人の織りなす生き生きとした人間模様を描いた異色時代小説。昼の日中、村の通りを歩きながら語られる艶笑譚も織り込んで、逞しくユーモラスな人間模様が描かれる。「験試し」「狐の足あと」「火の家」「安蔵の嫁」「人攫い」の5編からなる。現代の庄内地方の人々の暮らしと生き方をも彷彿とさせてくれる。
崖から赤川に滑り落ちそうになった娘たみえの腕を、おとしが腹ばいになって必死に掴んでいる。たみえの足の下には、淀みと呼ばれる深渕が激しく渦を巻く。声を限りに助けを求めても昼休みの野に人影は見えない。腕の力が尽きそうになり、もう駄目だと思った瞬間に間一髪で救ってくれたのは、別当として村に着いたばかりの山伏大鷲坊だった。
村の神社には何年も前から月心坊という山伏が住み着いていた。実はもぐりの山伏ながら村人からは本物の別当と思われ、頼りにされている存在だった。月心坊は大鷲坊と交代することを拒んだ。村役人はこの判断のために「大鷲坊が正式な別当かどうかはともかく、村人には、法力のある山伏が必要だ。大鷲坊の法力を試すために、歩けなくなっているおきくという娘を治してもらおうがの」と提案した。